お絵かきマンの鯉江正広(こいえまさひろ)です。
水彩画を描いています。
これは
明治時代から続く和菓子屋の三代目店主が
60代から本格的に始めた水彩画にのめり込み
気づけば2800枚以上を描き
ついにはフランス・パリで企画展を開くことになった本当のお話です。
何歳からでも絵を始めてみたい方,
仕事が一段落して新しい趣味を探している方には
特に読んでいただきたいお話です。
しばらくお付き合いください!
老舗和菓子屋の店主が絵を始めたきっかけ

僕は愛知県常滑市生まれで明治時代創業の
老舗和菓子屋の三代目店主の肩書きがあります。
地元の大学を卒業後、製菓学校に通い和菓子の技術を身につけ
実家の家業であった「鯉泉堂菓舗」を継ぎました。
窯業が盛んだった頃は「腹持ちの良い餅」が日常の食事や
おやつとして食べられていたので重宝されていました。
和菓子屋は販売の仕事だけでなく葬儀用の注文があります。
特に葬儀用の祭壇飾りやおまんじゅうは
予定できない急な注文が重なったりするので
翌日までに何百個という数を仕上げなくては
ならなくて、夜遅くまでこなしていました。
ピーク時には年間200日葬儀の仕事がありました。
職人を雇いお店を切り盛りしていましたが
正直きつい時もありました。
この頃の僕は絵を描きたいという想いがありつつも
とても手がつけられる状態ではなかったので
葛藤はありましたが気持ちを向けないように
していたような気がします。
しかし、老舗といえど時代の流れにより
大型スーパーなどに客足を取られ
新しくパンの製造販売を始めたり、
商品開発をしてみたりと
試行錯誤を試みましたが
徐々に経営が厳しくなりお店は
回らなくなっていきました。
いわば現実逃避という形で絵を描くことになるのです。
幼少期の思い出

水彩画を初めて描いたのは、小学校低学年の時です。
近くにプロの先生がいたのでみんなで
習いに行ったのがきっかけでしたが
本格的な絵に触れる機会があったのが
良かったのかもしれません。
写生大会で公園に行ったときも周りのみんなは
場所を決めるまでに時間を費やしていましたが
僕は前日にちゃっかり下見に行って
描く場所を決めていたのでイメージ通りの
絵が描けました。(笑)
先生に褒められたことが半世紀以上経った今でも
鮮明に記憶にありずっと絵を描いてみたいと
思っていました。
僕には妹がいて僕より味のある絵を描くので、
あの頃は、いいお手本として切磋琢磨していたと思います。
高校生になると美術部の先生から
美術部に入部しないかと熱望されていましたが、
すでに弓道部に所属していた僕は
美術部には入りませんでした。
でも、代わりに妹が美術部に入ったので、
そのつながりで絵を教えてもらったり、
写生旅行に行ったりできたのでありがたかったです。
いまにして思うと先生の期待に応えられなかった
ことは申し訳なかったなと思っています。
とはいえ、30枚も描いたら飽きるだろう
お店のことはさておき、
少しずつ時間ができた僕は小さい頃より好きだった
水彩画を描いてみようと思うようになりました。
仕事の空き時間に、
近くの「やきもの散歩道」を歩くようになりました。
常滑市の「やきもの散歩道」は、
常滑焼の歴史と町の暮らしを今に伝える小路です。
カメラを持っては歩き
絵の題材になりそうな場所を切り取り
家に持ち帰りました。
絵を描こうという目線で歩いていると
改めて新鮮な風景と出会えたのです。
実際に自分の目で確かめた風景を
カメラに収め、風景画を描くことにしたのです。
2013年に趣味から始めて、
絵が好きではあるものの
30枚くらい描けたらいいな位の気持ちで
一区切りつけようと思っていました。
ところがそういう目線で歩いていると
あらためて「絵にしたい」という気持ちがわき上がってきて
高揚する気持ちが抑えられなくなっていました。
時刻によって、季節によって大きく移り変わる姿を見て、
どんどん絵のコレクションが増えていきました。
今では2800枚を超える作品になりました。
絵に没頭しているときが何よりも至福の時間に
変わっていたのです。
自分でもびっくりしています!
やきもの散歩道にこだわる理由

やきもの散歩道の魅力は、単に古い窯を見るだけではありません。
細い路地、黒くすすけた壁、煙突、陶器の壁、坂道など、
焼き物をつくる人々が暮らしてきた町そのものが
歴史資料になっているところにあります。
そのため、散歩をしながら風景を眺めていると、
常滑の職人たちが土をこね、窯に火を入れ、
焼き物を生み出してきた長い時間を感じることができます。
この町の時間を輪郭ではなく“気配”として残していきたい。
水彩のにじみでその一瞬の光や空気を切り取り伝えていきたい、
という想いを込めて製作しています。
脳出血で倒れ右手に麻痺が残った
そんな折、僕は脳出血で倒れて入院しました。
2022年のことです。
幸いにも出血は軽く済んだのですが、
右手に麻痺が残りました。
仕事も絵も諦めないといけないかもしれない
という不安の中で
今後の人生を考えるようになりました。
今では、リハビリの効果もあって麻痺は治ったので
和菓子を作ることも絵を描くこともできるように
なったので良かったです。
今は健康に気遣いながらも精力的に絵を描いています。
僕の水彩画の技法
僕は元々お店のPOPや商店街のイラストなどを描いていたのでポスターカラーを使っていました。
その名残で水彩画は不透明水彩を使っています。
ポスターカラーは不透明水彩です。
不透明水彩は透明水彩と成分は同じですが配合が違います。
水分量が少ないのでにじみやぼかしが顕著ではありません。
しかし僕は、建物を中心に制作しているので不透明水彩が使いやすいです。
重ね塗りしても下の色が移りません。
記事では水彩画の紙は水彩紙を使うのが基本と書いていますが
一般的に使われている透明水彩の場合のことです。
不透明水彩の場合は水分が少ないので画用紙も使えますが厚めがいいです。
閉店後の現在
現在はお店を閉めていて、仕事は受注生産に切り替えました。
その分水彩画への意欲は上がり、精力的に取組んでいます。
不定期ですが絵画教室や和菓子作り体験の講師
なども始めました。
静物画は初心者でもちょっとしたこつを伝授すると
見違えるような立派な作品が完成します。
満足した作品ができあがると生徒さんの顔が
ぱっと明るくなるのでそれを見るのが楽しみです。

パリでの企画展
2026年には
フランスパリ ギャラリーヴィヴィアンヌで
絵を展示できる機会をいただきました。
パリで最も美しいと称される19世紀のパサージュ
での企画展です。
初めてこの話を聞いたときには『自分の絵がパリに行くんだ・・
パリの老舗のギャラリーで絵を展示できるなんて・・、』
と夢のようでわくわくそわそわしました。
日本文化はとても人気で
パリではジャポニズムの時代から
現代のポップカルチャーに至るまで
深く根付いていて
日本人より知識が深いことに驚きました。

チェコからパリまで絵が海を渡った歩み
2018年 チェコ 和菓子のワークショップ&絵画展示
2019年 とこなめ陶磁器商業協同組合のカレンダーに採用される
2024年 ベトナム 文化交流会 ワークショップ絵画展示
2025年 大府市資料館にて共同展開催
2025年 銀座 日本美術家連盟にてグループ展開催
2026年 フランスパリ ギャラリーヴィヴィアンヌにて企画展開催
まとめ
このサイトは
絵を見るのが好きな人
絵を描いてみたい人
美術に興味がある人
に役立つ情報をお届けできればいいと思っています。
何歳からでも遅すぎることはありません。
あなたの想いを後押しできるきっかけになれば
嬉しいです。
皆様が楽しんでいただけるようなサイトになるよう
心がけています。





